防災の日は記憶を手繰る日 存在の限りなき軽薄さ

外国人力士の日本語

榊原烋一 【サカスト】
2008年9月7日(日)寄稿
9月8日アップ

【岸コラ】でも何度か触れていたことだが、日本人の外国語習得能力の低さは昔から言われて来たことで、そのために文部科学省は小学校にまで英語必修を義務付けてしまった。しかしこんなことで日本人が英語で自由に喋れるようになるなど誰も考えていないと思う。

発音も下手、文法もめちゃくちゃであっても、喋ろうとする意志の有る無しが会話では重要になるもので、日本人同士、日本語でしゃべる会議でさえ上司が言う意見に対してあからさまに反対意見を言うことができない国民性を考えれば、これは会話能力の範疇を越えた問題であって、何年間英会話を教えるかの問題ではないだろう。

その点で最近ふと気づいたことがある。大相撲の世界に外国人力士が入門してからかなりの年月がたった。いまや大相撲が国技だなんて考える人間はNHKくらいのもの、とにかく番付上位はことごとく外国人力士によって占められているのだから。東西の両横綱からしてふたりともモンゴル人、幕内力士だって外国人のほうが多くなりそうな気配。現在だって三分の一を占めるほどなんだから。これでもなおかつ国技だと言えるのは、東京に国技館という建物があるからだ、と近頃の小学生は本気で思っているほどだ。

ところでこの外国人力士を見ていて気がついたのは、彼等のいずれもが日本語をみごとにあやつれるという点だ。最近では朝青龍、白鵬の両横綱はもちろんだが、古くはハワイ出身の曙、小錦などの誰をとっても日本人顔負けの日本語で応答できる。それも新聞やテレビの記者のインタビューでの受け答えができるのだから、彼等の日本語能力がいかに凄いかを証明している。

原因は彼等が日本に長く住んでいるからだけなのだろうか。私はそれだけではないと思っている。理由は下積み時代から部屋に住み込み、日本語で命令される縦社会の中でしごかれたことに由来するのではないか。職人の世界でも、体育系の部活動でも、いまだに色濃く残っている上下関係が、語学の習得には意外な効用を発揮しているかと思われる。師匠対弟子、先輩対後輩の厳しい集団では、何ごとであれ上の言うことが絶対という社会だ。落語でもよく言われるように、先輩の言うことは無理扁に拳骨と書くごとし、の社会だから、日本語を身に付けなければそれこそ殺されたって文句は言えない。

となれば日本人だって小学校で週に1時間の英語の時間を設けて語学能力を身に付けるなんて悠長なことを言わずに、アメリカ海兵隊に1年間入隊させれば絶対に会話能力が身につくこと間違いなしだ。

ところで、最近の相撲の世界では、国技でなくなったせいか不祥事続出のありさま。ちょっと前には子分いじめの結果殺人事件まで引き起こしたかと思えば、つい先日は続けてロシア系力士の大麻吸引事件が起こる。殺人事件は日本人同士の問題だったが、大麻事件はいずれも外国人力士の起こした事件だ。こうなると今後は外国人力士を採用する際には、身体検査と同時にドーピング検査もしなければならないようになるだろう。

いずれの事件の場合も同様だが、事件処理に際して相撲協会幹部の責任逃れ体質が目に余る。とりわけ北の湖理事長の対応はこれぞさすがに現代国技の世界、というくらいいい加減だ。それほど最近の日本人の無責任体質の横行は恐るべきもので、上は総理大臣から下は食品会社に至るまで無責任が身に染み込んでしまった。

総理大臣が二人続けて、ことが自分の思い通りにならないからと仕事を投げ出してしまうなど世界のどこにも見当たらない珍事だ。アフガニスタンで自分の身を犠牲にしてまでボランティア活動をする若者がいるという国の責任者がこれでは、日本の行く末は三流国になるのも必然と言うしかない。海上自衛隊の漁船沈没事件の海難審判における自衛艦幹部の発言も然り。死人に口無しとばかりに自己の責任回避だけに汲々としている姿の見苦しさ。

見捨てておけない事故ばかり起きるものだからつい話しがあちこちになっていまったが、話を戻して力士の大麻事件だが、前頭まで昇進した力士が大麻所持で捕まったと思ったら今度はドーピング。この連中も実に日本語がうまい。記者連中の追及にもあわてず、絶対にやっていません、見たことはもちろん触ったこともありません、なんて日本人だってすらすらとは出てこない表現だ。

精密な検査結果がクロと出た後でもいまだにシロだとがんばっている。親方まで本人がああ言っているのだから、と力士をかばっている。子分をかばうのは美しい心根かもしれないけれども、逆に言えば親方の責任のなさを示しているとも言える。実はあの連中、限り無くクロだと【サカスト】筆者はにらんでいる。なぜか、その根拠は彼等の流暢な日本語の発言に出ているではありませんか。

モンゴル巡業へ行く前に腰が痛かったので痛み止めを飲んだり注射したりしました、彼等の一人はこう言っている。聞きもしないのに日本で痛み止めを飲んだと言うことは、彼等がドーピング検査では時とすると痛み止めと麻薬との反応が似ているという事実を知っている、つまり麻薬を使用したことがあるか、あるいは今でも使用しているか、の明らかな証拠で、麻薬のことをまったく知らない人間ならば、痛み止めうんぬんなどという台詞が出て来るはずはない。

せっかく日本語を憶えたのだから、もう一つ憶えてほしい言葉がある。それは「語るに落ちる」だってね。

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