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榊原烋一 【サカスト】 |
【岸コラ】のイラク戦争に関する記事を読んで共感の思いが強い。【サカスト】筆者もイラク戦争の陰には石油利権がからんでいるとの考えを最初から持っていたのだから。しかし、戦争の終結とは最終的に勝者の歴史となることは、古今東西の歴史をひもとけばすぐに分ることで、そう考えれば歴史というものにはあまり客観性がないようにも思われる。
日本はイラク戦争に際して一枚噛んでおいたから、今回の石油問題にも多少は口出しする権利をもったようなものだが、これを国民が無自覚に見過ごしてしまうと、やはり勝ち馬に乗って戦争のできる国にしておかなければ、との世論が形成されて行くようで空恐ろしくなる。つまり、日本のような資源小国の今後とる道はすぐれた外交努力によるべきなのであって、外交が弱体であればいくら背伸びして軍事力を備えても生きのびられるはずがないことを再び強調しておきたいのだ。
かつて日本が米国に対して無謀な戦いを仕掛けた原因も最後は石油問題にあったはずだ。国際世論も顧みず中国を侵略し、更には仏領インドシナにまで軍を派遣するに及んで、ついにアメリカからは日本の金融資産凍結、そして石油禁輸措置まで食ってしまった。当時の日本陸海軍の石油備蓄はたかだか数カ月分だ。つまり何か月か戦争をやっているうちに戦車も飛行機も軍艦も動かなくなってしまう。
ということで仕方なくマレーシア、オランダ領インドネシアまでも軍事行動範囲に入れざるを得なくなった。だから中国はおろか英国、米国、そしてオランダまでを敵に回してしまう事態になってしまった。
今後だって日本の石油は輸入に頼らざるを得ない、いざ戦争に巻き込まれたら同盟国として頼り切っているアメリカが日本に石油を分けてくれるとでも思っているのだろうか。アメリカの言いなりになってひょこひょこ自衛隊を出動させて恩を売ったつもりになっても、本当の戦争に巻き込まれたときアメリカに好意をもっていない中東の諸国からは一滴の石油だって輸入できるはずがない事態を想像しないのだろうか。
日本は食糧も燃料もすべて海外に頼っている国だということを最近の国民は忘れてしまっているのではないだろうか、と往事を知る老人は気になって仕方がないのだ。どこかの国にべったりくっついていて、その国があちこちから恨みを買っているとすれば、そのとばっちりは当然わが国にも飛んでくる。ましてべったり信頼しているつもりのアメリカだって、いざ自国の利益となればあっさりと北朝鮮と手を結んでしまう事態が現実に出て来るではないか。
日本は今後、自衛権は持つが戦争は絶対にしない国、世界中のどこの国とでも仲良くやって行く国という路線を今以上に国際社会の中で明確にしておく必要があるのだ。そのためには日本のもっとも弱点である外交にこそ力を入れるべきである。
日本の外交くらい国際的に評価されていないものはない。私なりにその原因を探ってみると、大きく三つの理由が考えられる。一つは戦前からの流れで軍事力を背景とした外交しか考えられなくなった外交官の存在だ。
日露戦争の終結で奮闘した小村寿太郎のような外交官はその後ばったりと消えてしまった。彼はこれ以上戦えば日本の国力は尽きてしまうということを切実に感じていればこそ、国民から罵倒されるような講和条約を飲んで来た。ところが時代が下ると国際連盟脱退などという愚かなたんかを切った松岡洋右のような外交官がもてはやされた。ここから日本の運命が狂って来た。
第二に、戦後の外交はもっぱら経済力に頼って来たとしか言いようがない。世界第2位の経済大国とはやされた財力を背景に、ODA予算を鼻先にぶらさげて自分勝手な言い分を通すと言えば言い過ぎかも知れないが、とにかく相手側からそれほど好評を得たとは思えない外交を展開してきた。経済的な優位性がめっきり剥げ落ちた最近の日本はODA予算を削減する一方だから、これまた国際的な存在感が落ち込んでしまう。
第三、これが日本の外交の最大の弱点。それは政治家が明確な国家戦略を持っていないということ。現在進行中のサミットでさえ、外国人記者たちからは日本という国は何を考えて何をしようとしているのかさっぱり分らない国、との評が囁かれてくる。政治家が明確な路線を敷いてくれなければ、いくら優秀な外交官がいたって手の打ちようがない。
かくして外交面では、日本に比べて経済力も軍事力も人口も国土もはるかに小さなヨーロッパ諸国にさえ遅れをとってしまうのが現状だ。
戦後60年一度の変更もなかった平和憲法、これこそ世界中に誇ってよい憲法ではないか。これを変えて戦争の出来る普通の国にしようと言うのはたしかに国家主義、民族主義が高まってくる中では国民の受けがいい。けれどもそこから先をどうするのかを冷静に分析する能力が政治家や外交官になければ、ただ一部の国に利用するだけ利用されて、はいそれまでよ状態になってしまうのではないか。
北朝鮮に対するテロ指定をあっさり取り消されてしまうような現実をもう少しよく考えた方がよかろう。ブッシュ(Jr.)の2002年1月の一般教書演説で北朝鮮、イラク、イランを悪の枢軸と呼んだことが有名だが、この演説の草稿を書いたスピーチライターによれば当初は北朝鮮の名はなかったという。それをネオコンのブッシュ、ライス、チェイニ−、ラムズフェルドらが、イラン、イラクだけを並べるとそれこそイスラム教国家対キリスト教国家の文明対立の匂いが強過ぎるからと、わざわざ北朝鮮を追加したという説さえあり、もともとアメリカは北朝鮮の核開発を除いては深くかかわりたくはなかっただけだ。(中村政則著「戦後史」岩波新書、2005年刊、255ページ所載)
歴史とは結局このようにそれぞれの国が自国に都合のよいと思われるやり方によって紡がれ、そしてそれに成功した国によって書かれるという事実をまず国民の一人一人が自覚することが賢明な態度ではないだろうか。アメリカから押し付けられたなどと騒ぐ前に、だれが書いたにせよ現行憲法の前文に述べられている、人類共通に持つべき崇高な理想をこの際だからこそもう一度読みなおして見る余裕が今の日本には必要であろう。
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