人間を支配する「リズム」 日本はアフリカを大切にしている、その理由。

辞める日本と辞めないタイの同じ事情

岸田 徹 【岸コラ】
2008年9月3日(水)

辞任を表明する福田首相とそれを受ける麻生幹事長タイではサマック首相の退陣を求める「市民民主化同盟(PAD)」がバンコクの首相府を占拠してから10日がたとうとしている。事態収拾に向けてサマック首相はバンコクに非常事態宣言を発したが、民主化を要求する勢力は国営企業のストを計画し、電気や水道、港湾の荷揚げなどの影響が心配されている。

こう報道されると、民主化が一向に進まない国家体制に市民が業を煮やし立ち上がったように想像しがちだが、状況はまったく違う。タイの政局不安は日本に似た側面がある。

首相府を占拠したPADの代表的な指導者は2人いる。一人は、元バンコク都知事のチャムロン氏。もう一人は、メディアグループを率いるという新聞社社主(一部情報では大手経済紙)のソンティ氏だ。この二人が首相の退陣を求めて大規模なデモを行ったのは今回が初めてではない。2年前の春(2006年2月)に5万人規模のデモを行い、紆余曲折はあったものの首相の辞任を引き出した。時の首相はタクシン氏。タクシン元首相は、辞任表明後も国連総会に出席したが、その間に陸軍のクーデターが起こり、国王がそのクーデターを承認したのでタクシン元首相は国連総会のニューヨークから帰国できず、ロンドンに渡って完全に失脚することになった(2006年9月)。

その後タイでは総選挙が行われた(2007年12月)。タクシン元首相が率いた「愛国党」は前回選挙時に不正があったと解党処分となった。そのため愛国党の元議員は「国民の力党」に大量に移籍し、タクシン路線を継承した。タクシン路線とは保護行政による農政重視と「民間にできることは民間に」という民営化の改革路線だ。選挙の結果は国民の力党が第1党となり、第2党の民主党以外の5党と連立政権を組み、与党は議席の3分の2を独占した。国民の力党の党首は現在のサマック首相だ。そのサマック首相が、今PADから退陣を要求されている。

なぜサマック首相が退陣を迫られているかというと、サマック首相はタクシン元首相の傀儡だと思われているからだ。タクシン元首相は、首相に就任(2001年)すると内需拡大に努め通貨危機後の経済回復を成功させてIMFからの借入金を予定より早く完済したり、中小企業振興策や低所得者向けの施策に積極的に取り組む一方、スマトラ島沖地震ではプーケット島で精力的な復旧活動を行うなど、その姿が大きく報道され絶大な人気を博した。

タクシン元首相は、もともとタイの警察局で働いていたが、副業で始めたコンピューター・リース会社が当たり、ケーブルテレビ会社、携帯電話サービス会社を次々に創設し、人工衛星サービスまで始めた。事業はどれも成功し、財閥を形成するタイ一番の大金持ちになった。外務大臣を要請されたことが政界入りのきっかけとなり(1994年)、それから7年で首相になった。

ところが、首相になって5年後(2006年)、タクシン一族が経営する通信会社の株式の半数をシンガポールの企業に約2,150億円で売却した。この時、批判がいっせいに噴出した。国の生命線である通信事業を外国企業に売却することへの批判に加え、その際課せられた税金が約7,300万円と極端に少なく税逃れをしたと批判された。この批判が先に書いた2006年の大規模なデモに発展したのだった。そのデモを先導したPADのソンティ氏は、実はタクシン氏の旧友だった。ソンティ氏はタクシン氏と同様に通信事業を興し新聞社も興した。ところが、97年の経済危機の際経営破たんしたようで、以降、タクシン元首相を批判するようになった。また、PADのもう一人の代表格である元バンコク都知事のチャムロン氏は、タクシン元首相を政界に招きいれ外相に据えた人物で、今回のデモの指導者2人はもともとタクシン元首相とは非常に関係の深い人物だった。まるで、仲間割れのような関係なのだ。

タクシン元首相は国を追われロンドンで夫人と生活をする中で、イングランドのプロサッカーでは名門クラブの「マンチェスター・シティー」を買収した(2007年7月)。ここでも事業家の才を発揮しサッカー関連事業で儲けたと言われている。そのため、現在のサマック首相と国民の力党に対し財政援助をしているとの指摘が後を絶たない。

タクシン元首相はサマック首相の体制が確立されたと判断しイギリスから帰国したが、不正蓄財の疑惑でタイ検察庁から追及されると同時に一族の資産没収を最高裁判所に訴えられた。さらに汚職防止法違反の公判で有罪が免れないと判断し、イギリスに亡命を希望し先月タイを去ってしまった。そこで、一挙にタクシン−サマックの関係を断ち切ろうとPADが立ち上がったというのが今回の騒動の核心のようだ。

言わば、今回のバンコクの騒動は、地方票に強みを持つ現首相一派の「改革派」と民営化の波に一度は乗ったものの挫折した「旧抵抗勢力」との闘いだ。言い換えれば、「勝ち組」と「負け組」の争いだし、「地方」と「都市」との軋轢だ。決して民主化闘争とは言えない。

日本からタイを見るような眼で現在の福田政権の混乱を見ると見えないものが見えてくる。

政治と経済はタイの例を見るまでもなく表裏一体だ。ところが経済界の出来事は誰が何をしようとしているのかの報道が少ない。報道機関の広告主が財界だという点は無視できない。

福田首相の辞任は誰もが唐突だと言う。7月9日に主催するサミットを終え、8月2日に自身の内閣改造を終えた首相が9月1日に辞意を表明するとは誰も思わなかったからだ。内閣改造までは政権意欲があったと言うが、それから1ヶ月の間何があったのか。あったのは総合経済対策だ。11.7兆円規模の経済対策を内閣改造から約1ヶ月かけて作り上げ、8月29日に決定した。

福田さんはもともと財政再建をベースに政権運営をしようとしていた。ところが、連立を組む公明党は低所得者向けの減税を強力に要求し、自民党の麻生幹事長は財政再建より景気浮揚策を要求する。しかも、麻生幹事長は公明党の北側幹事長と話せる仲だ。首相を支えるはずの町村官房長官は、さっぱり首相とそりが合わない。首相は孤独だったに違いないが、財界の意思がどのように働いていたのかは見落としてはならない。

日本の年間予算は一般歳出(支出)が47兆円余りだ。これに対して11.7兆円の経済対策を新たに組むというのは大変大きな規模だ。財政赤字が続く日本では到底考えられない。しかし、この点がなぜ騒がれないかと言えば、当面出ていくお金は2兆円で、その中でもとりあえず予算化しなくてはないけないのが1.8兆円とぐっと規模が小さくなるからだ。そのため赤字国債を発行せずに済むと論じられている。それでも福田さんとしては納得できない財政支出だったに違いない。

じゃ、とりあえずいらない9兆円余りの経済対策費は何のお金かというと、景気の悪化から中小企業が資金繰りに苦しむことになる備えとして用意するお金だ。銀行が貸しはがしをして中小企業が倒産するのではないかとの懸念からくる対策だ。銀行が貸しはがしをしないように国が融資を保証しようというのが9兆円の中身だ。だから、すぐにはお金は必要ない。保証するという言葉で済む話だ。これは、一見中小企業を保護しているかのように見えるが決してそうではない。

企業が倒産するのは資金繰りがつかない場合が圧倒的に多い。資金繰りの面倒を見るのは銀行の本業だ。例えば、今日売上があっても、代金が入るのは来月だとなれば、それまでの仕入れ資金や人件費を払えない。そこで、銀行が融資をして払えるようにし、銀行は金利をもらって儲ける。まさにお金を融通するのが「金融」だ。銀行が最も得意とする業務で、その銀行が貸しはがしをするというのは、売上代金が入ってこないと予測するか売上に比べ支出が多すぎる場合など事業がうまくいっていない場合だ。銀行自身の資金繰りが悪化した場合は別だが、景気が悪くなったぐらいでは、融資は引き揚げない。引き揚げてしまったら銀行は儲けることができなくなるからだ。引き揚げる時は、貸したお金が戻ってこないと判断した時だけだ。

銀行が融資を引き揚げたいと思っている融資を政府が保証するから貸し続けろと言えば、銀行は喜んで融資を続けるだろう。しかし、いつかは資金が回らなくなり、倒産する。その時、銀行は政府に保証した分を支払えとやってくる。つまり、9兆円はいずれ大きな出費となる可能性が大きい。

それなのに、なぜ中小企業を守る経済対策をするのか。理由は、中小企業の票がほしいからではない。大企業を守るためだ。資金繰りが悪化すれば、中小企業が所有する車両や機械設備などのローンやリースの代金が払えなくなる。そうなって困るのは自動車会社であり、リース会社だ。中小企業を守るためと使われるわれわれの税金は、結局中小企業が払えなくなったトヨタやオリックスの代金支払いのために使われることになる。さらに、銀行も何も考えずに中小企業に融資をし続け儲けることができる。こういうことはなかなか報道されないものだ。

福田さんも安倍さんも先代からの関係で財界とは関係が深い。深いだけに政権に当たった時は、恐らく財界からの要請に悩んだに違いない。タイを見る眼からはそんな政財界一体の日本が見えてくる。

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2008:「タクシン・シナワット」「タイ」

タイ政権「軍頼み」選択 非常事態宣言発令、民主主義また後退 [2008年9月2日 読売新聞 東京夕刊 夕スA]

タイ首相府占拠から1週間 軍は「不介入」、事態泥沼化 [2008年9月2日 読売新聞 東京朝刊 外B]

[知っておきたいニュースはこれ]8月23日―29日 [2008年8月30日 読売新聞 大阪夕刊 夕週間]

〈解〉市民民主化同盟=PAD [2008年8月31日 読売新聞 東京朝刊 外A]

反政府デモが激化 首相府敷地に侵入、警官隊とにらみ合い/タイ [2008年8月27日 読売新聞 東京朝刊 外A]

タクシン元首相一族の資産没収求め提訴/タイ検察庁 [2008年8月26日 読売新聞 東京朝刊 外A]

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総合経済対策の財政健全化棚上げ迫る 与党から政府へ高まる圧力 調整難航必至 [2008年8月9日 読売新聞 東京朝刊 A経]

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[誰が『村上・堀江』を生んだのか](2)倫理置き去り、踊る財界(連載) [2006年6月23日 読売新聞 東京朝刊 一面]

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タクシン首相退陣求め5万人が集会 テロ対策などに不満/タイ [2006年2月5日 読売新聞 東京朝刊 外A]

タイ首相府にデモ隊が侵入 40人拘束 [2006年1月15日 読売新聞 東京朝刊 外A]

英サッカークラブ「国費で出資」騒ぎ タクシン・タイ首相、自ら火消し [2004年5月13日 読売新聞 東京朝刊 外B]

消費税引き上げ論活発 社会保障費の財源に 政府・与党・財界、思惑三様 [2003年1月16日 読売新聞 東京朝刊 三面]

[地球万華鏡]タイ式精進料理店活況 バブル後、質素さ求める人心つかむ [2002年6月23日 読売新聞 東京朝刊 外B]

東南アジアの企業再編 臆病なトラたち バンコク、ジャカルタ、クアラルンプール [2002年6月13日 The Economist]

タイ内閣改造 副首相にチャムロン道義党党首 外相には有力経済人のタクシン氏 [1994年10月27日 読売新聞 東京朝刊 外電]

参考サイト:

チェンマイでの集会(mz collection)

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