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人間を支配する「リズム」

岸田 徹 【岸コラ】
2008年8月26日(火)

キイロショウジョウバエの産卵。小型で繁殖力が強い。染色体が大きく遺伝学の実験時材料として多く使われる。ホタルは光る、光るはオヤジのハゲ頭かと思ったら、光るはネズミだった。人間は面白いことをやるもんだ。ネズミの脳細胞にホタルの発光機能を組み込むのだ。ネズミは夜行性なので夜に活動する。活動すると脳が活発に動くのでネズミがホタルの発光機能によって光る。

このネズミに昼間だけ食事を与え続ける。ネズミ本来の行動とは反対の行動をわざと取らせる訳だ。ネズミは昼に光るか夜に光るか。昼間だけに食事を与えてもネズミは本来の行動時間である夜に光る。ネズミは食事を与えられる時間に関係なく夜行性のリズムを守っていることが分かる。

ところが、そのネズミが妊娠をすると、その子供のネズミは昼間の食事に合わせて行動するようになり、生活のリズムが5時間早まってしまう結果となった。このことから、人間の体内時計は栄養素によって調整されるのではないかと思われ、妊娠中の母親は睡眠時間だけではなく食事も規則正しくとるよう注意を促した(東北大学病院周産母子センターの太田英伸助教、先月)。

ネズミが蛍の光で光る実験はこればかりではない。この実験は、2000年にマウスの時計遺伝子にホタルの発光遺伝子を組み込んだことから始まり、体内時計が働く夜間に全身の皮膚が青白く光り、昼間はほとんど発光しない現象を突き止め、体内時計が遺伝子の働きにより働いていることを映像的に証明した。

他にも、マウスの活動時間帯である真夜中に光を当てると、朝方活動を開始するはずの遺伝子の発光が弱まったり、真夜中に光を3時間続けて当てると体内時計の機能が一部停止したりする現象が見えた(2007年10月理研チーム)。

体内時計の遺伝子は東大医科学研究所のヒトゲノム解析センターと神戸大の研究グループが世界で初めて発見したものだ。この分野での研究は日本が世界をリードしている。

人間の体内時計は25時間周期であることが確かめられているが、それを24時間周期にリセットするのは、体内時計をつかさどる視交叉上核(こめかみの奥にある)が目の神経とつながっていて朝の光を感じて行われると考えられている。しかし、人間の体内時計は視交叉上核部分だけではなく、心臓や皮膚など全身にあることが分かってきていて、脳が親時計の役割を行い全身の時計を管理していると考えられている。いわば「腹時計」は本当にあったことになり、例えば腹時計と脳の親時計の間が違ってしまうと障害が起こるとも考えられている。

どうも、体の各臓器や神経は各部の体内時計によってコントロールされていて、それが密接に絡み合って体全体を機能的に動かしているようなのだ。このことから、薬の投与や手術の時間もそれぞれの患部の体内時計に合わせて行うと効果的だったり、合わないと効く薬も効かなかったり有効な手術も失敗するのではないかと考えられるようになってきた。臓器移植の拒絶反応も一部には体内時計の不一致からではないかとの疑いが浮かび上がっている。

パソコンが人体に与える影響も、夜遅くまでディスプレーの光を浴びると体内時計が光のために朝のリセットを行ってしまい体のリズムが崩れさまざまな病気の発症や進行が開始されると考えられている。これらの研究は始まったばかりだが、中国医学では古来から考えられていた分野だ。子午流注(しごるちゅう)という考え方で、子は昼間、午は夜をさし、それぞれの経絡(つぼ)に流れているエネルギーが盛んになる時間帯が違うという意味だ。このことから、異常のある経絡を最もふさわしい時間帯に治療を施すとよいとされている。

体内時計の研究は、医学の分野にとどまらない。ショウジョウバエのメスとオスを同じビンに入れていつ交尾をするか調べた(2001年産業技術総合研究所・生物時計グループ)。この結果、性行動には昼と夜にピークが生まれる2つのリズムがあり、夕暮れにはそのリズムが下がることが分かった。そこで、ショウジョウバエの時計遺伝子を取り除いてみると昼のピークは残るが夜のピークが消えてしまうことが分かった。ショウジョウバエの性行動には明らかにリズムが存在する。さらに、姿形が同じで生息場所が同じだが種類の違うショウジョウバエを同じビンに入れたところまったく交尾しない状態だった。恐らく性行動のリズムがまったく反対なので交尾をしないのではないかと見られている。ショウジョウバエの時計遺伝子は人間との共通点が多いことから、リズムの違うショウジョウバエが交尾をしないのは、人間にも当てはまるのではないかと注目されている。

高血圧のラットにモーツアルトを聴(?)かせたところ血圧が下がったという研究結果があった(2004年筑波大学医学系の須藤伝悦さん)。音楽療法は有効だということはよく知られているが、この研究はその仕組みを解明したとされている。モーツアルトを聴かせたところ脳内で神経伝達物質のドーパミンが増え血圧を下げたという。ドーパミンは欠乏すると認知症を誘発すると考えられている物質だ。

なぜ、モーツアルトなのか。20年前にアメリカで10指に入るとされたロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者(音楽監督)アンドレ・プレビン氏が来日したことがあった。ジャズ・ピアニストからクラシックの指揮者に転向した異才だが、記者会見で一番好きな作曲家を聞かれ、「モーツァルトのいない人生は考えられない」(読売新聞)と答えている。プレビン氏はこの記者会見で、自身は作曲家に対し忠実に演奏するよう心がけている点を指摘し、「明確な演奏」と「リズムの正確さ」を強調していた。ややこじつけになるが、モーツアルトの曲の演奏はリズムが正確であるため、モーツアルトを聴いた高血圧のラットは体内時計を正常に戻したのかもしれない。

音楽は、メロディとハーモニーとリズムで構成されている。好きなメロディは誰の耳にも残りいつでも口から出てくる。ハーモニーの美しさはいつまでも感動として残る。これに反してリズムは常にメロディとハーモニーに隠れてしまう。ところが、音楽はリズムがなければ一歩も先へ進まない。時空芸術の音楽にとって最も重要な要素だと言える。

リズムが合うかどうかは音楽の世界に限らず、スポーツの世界でも大変重要だ。自分のリズムが保てるかどうかで勝負が決まる。リズムが最後まで合わずに試合にならなかった経験や、リズムを乱され力が発揮されずに終わった試合など、アスリートなら誰でもが経験する結果だ。

リズムをいかに支配するかは恐らく人間関係全般にも言えることだ。あの人とは波長が合うとか気が合わないと言われる部分はリズムが大きく関係している。バイオリズムはbioのリズムで、生体リズムと訳されている。生物が示す周期には、睡眠と覚醒などの1日周期、月経などの28日周期、平均すると24時間51分に2回ずつ行われる潮汐(ちょうせき)の周期、冬眠や渡り鳥をつかさどる1年周期の概年リズムなどがある。これらの周期と生物の体内時計との関係や体や感情、思考との関係はまだまだ研究されていない。人間に最も身近な「リズム」。この研究が進めば、人間に秘められた内なる神秘性に興味が注がれ、常に外に向けられる人類の覇権主義が大きく後退するはずだ。また、人間の幸福感についても概念が変わる可能性がある。人間とリズムの関係は興味深い人類共通の研究テーマで、いつしか飛躍的に展開するのが楽しみだ。

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2008:「リズム」「バイオリズム」「分子時計」「生物時計」「生体リズム」「ショウジョウバエ」

母の規則正しい食生活、胎児の健全な成長促す 東北大などネズミで実験=宮城[2008年7月3日 読売新聞 東京朝刊 仙台]

藻類の時計遺伝子を特定 世界初、6つ突き止める 名大グループ=愛知[2008年3月12日 読売新聞 中部朝刊 愛知2]

夜中の光で…体内時計バラバラ、機能停止で不眠症も/理研チーム[2007年10月22日 読売新聞 東京朝刊 二面]

高脂血症治療薬に早起き効果 マウスで実験/産業技術研チーム[2007年4月26日 読売新聞 東京朝刊 3社]

[ふしぎ科学館]健康支える体内時計[2006年11月11日 読売新聞 東京夕刊 子W1]

[ツボでいきいき]体のリズムに合わせた治療 向野義人(寄稿)[2006年10月10日 読売新聞 西部夕刊 R夕福]

夜間照明、乳幼児に悪影響? 東北大などマウス実験=宮城[2006年8月22日 読売新聞 東京朝刊 宮城2]

体内時計、朝の作動が重要 理研などの研究チーム発表[2006年2月13日 読売新聞 東京夕刊 夕二面]

東京テクノ・フォーラム21 大阪講演会「生命と情報」=特集[2005年10月16日 読売新聞 大阪朝刊 朝特E]

体内時計のしくみを解明 理研・山之内製薬などの研究チーム[2005年2月2日 読売新聞 東京朝刊 科学]

「体内時計」解明へ前進 名古屋大研究チームが新たな仕組み、生物実験で発見[2004年11月19日 読売新聞 東京夕刊 夕2社]

[筑波言]研究の厚み=茨城[2004年8月22日 読売新聞 東京朝刊 茨城2]

動物の体内時計を映像化 24時間周期で脳に“指示”か 神戸大教授ら確認[2003年11月26日 読売新聞 大阪朝刊 科学]

体内時計、解明急ピッチ 多くの遺伝子が協調 細胞分裂周期も支配[2003年11月11日 読売新聞 東京朝刊 科学]

[Doコンポ!]No.928[2003年1月8日 読売新聞 東京夕刊 コンポ]

[くつろぎ指定席]歌手のミッシェル・フローさん 人生はリズムが大事[2001年12月20日 読売新聞 大阪夕刊 夕特J]

[人生案内]浅井昌弘(精神科医) 生活リズムの乱れ直らない(寄稿)[2001年11月29日 読売新聞 東京朝刊 生活A]

ショウジョウバエ、リズムの違いで種分化 体内時計が「性」支配/産総研[2001年7月2日 読売新聞 東京夕刊 生命]

体内時計に合わせて薬服用 副作用の軽減を期待 がん治療で効果確認[2001年6月4日 読売新聞 東京夕刊 生命]

時計遺伝子を“生”観測 脳の働き調べる手段に 神戸大らが実験で成功[2001年2月15日 読売新聞 東京夕刊 夕科学]

「体内時計」見えた 遺伝子働くとマウスが発光 神戸大チームが新技術[2000年5月7日 読売新聞 東京朝刊 一面]

重病から「回生」した社会学者・鶴見和子氏 「生命のリズム」シンポに参加 [1999年5月27日 読売新聞 大阪夕刊 文化]

[作句のポイント]リズムに無理、言葉に無駄がない 宇多喜代子(寄稿)[1997年10月12日 読売新聞 その他 N2]

[編集手帳]人間の体内時計[1997年10月6日 読売新聞 東京朝刊 一面]

東大などのグループが「体内時計」の遺伝子を発見 英科学誌ネーチャーに発表[1997年10月2日 読売新聞 東京朝刊 2社]

[近況]若い女性の心 ユーミンに学ぶ 熊谷組営業本部長の吉崎蓮一常務[1992年4月17日 読売新聞 東京夕刊 夕三面]

[グローバル特電]モーツァルトなしの人生なんて…/ロス・フィルのプレビン氏[1988年3月28日 読売新聞 東京夕刊 W文化]

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