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漁業の問題は燃料高騰ではない

岸田 徹 【岸コラ】
2008年7月17日(木)

実名の漁船と本記事とは関係がありません。公共的な業務に長年従事し功労を重ねた人に贈られる瑞宝章。昨年秋の叙勲で、気仙沼の元漁労長に贈られた。

「本当に驚いた。なぜ自分なのか今だに信じられない」(読売新聞)と前年に引退した64歳の海の男は受章の知らせに戸惑っていたようだが、1998年から6年連続で気仙沼の魚市場でサンマの水揚げトップに君臨した腕のいい漁労長だ。一般的には、船で指揮を執るトップは「船長」だが、漁船では船長の上に「漁労長」がいる。「船頭」と呼ばれるのは漁労長のことで、どこに魚がいて、餌は何を使い、どのように網を仕掛けるのかはすべて漁労長の長年の経験と勘で行われる。船の上では絶対的な存在だ。

漁が多ければ、それだけ水揚げもいい訳で、漁船員の給料も弾む。だから、腕のいい漁労長のところには自然と腕のいい船長や機関長、甲板長が集まってくる。するとさらに漁がよくなり漁船員の給料も上がる。また、腕のいい漁労長は漁の期間も短く、その分燃料代も少なくて済むので、船を所有する船主にとってもありがたい。漁の規模や方法によって差があるが、遠洋漁業での水揚げの配分は、漁労長や船員の人件費が三分の一、燃料代などの運航経費が三分の一、船の減価償却費などを負担する船主の利益が三分の一にするのがバランスが良いと言われていた。

魚群探知機などの機械化がどんなに進んでも、漁労長の頭の中にある漁法を無視して漁をすることはできない。その証拠に、魚群探知機で追った漁場に数隻の漁船が集結しても、漁獲量は船によって全く違う。腕のいい漁労長にとってみれば、海は自分の腕でいくらでも稼がせてくれる金の生る木。

受章した漁労長も、「若いころは、あこがれの職業だった」(同)と振り返るが、今は後継者が少なく、「漁師の平均年齢は50歳代。このままでは日本の漁業がなくなってしまう」(同)と憂いている。

日本の農林水産省には、日本漁船の漁獲量が100年にわたって正確に記録されている。世界的にもなかなか例のないデータの蓄積だ。それによれば、昭和初期には300万から400万トンだったのが、戦後、遠洋漁業の進出が行われ1970年代からは1千万トンを超え世界一の漁獲量を誇った。これが、現在では再び400万トン台に落ちてしまった。最大の原因は、200海里の経済水域の設定だ(1982年)。

魚は広大な海に無数に生息していると考えがちだが、漁業にとってはそうではない。最も生産量の多い漁場は、海岸線から80キロのところになる大陸棚水域に集中していると言われている。そこでは太陽の光によるエネルギーが海水に注がれ、魚の餌になる海藻などが生育しやすい。日本が長年水産大国でいられたのは、四方を海で囲まれ大陸棚水域があるためだ。今でも日本周辺水域は世界的に有名な漁場だ。ところが日本は遠洋漁業で漁獲量を伸ばし世界一になったので、世界の諸国が200海里を主張してしまうとその水域で漁をすることは極端に制限されてしまい、漁獲量が落ち込んだ。実際には、遠洋漁業が落ち込んだ時に、マイワシの大群が日本沿岸に押し寄せ、沖合漁業の漁獲が伸びたため、全体量は減らなかった。しかし、近年はマイワシの減少もあって、漁獲高は急激に落ち込んでいる。

日本の肉類の自給率は、牛肉が11%、鶏肉が7%、豚肉が5%ほどと極端に低い。これに対し魚介類の自給率は57%(2005年)と高い。肉類の自給率が低い理由は、実際に日本で飼育されている家畜の数は多いものの、その餌が外国から輸入されてくるので、それを加味すると自給率が下がるためだ。ところが、魚介類は海から直接獲ってくるので日本国内で水揚げされた漁獲高がそのまま自給率につながる。日本はかつて113%の自給率を記録したことがあり、その時点では魚介類を輸出していたことになる。これが、1976年に100%を割り込んだ。

割り込んだ理由は多くある。200海里の問題も大きいが、その他にも日本人の生活様式の変化が魚より肉を好むようになったり、漁業の後継者が減少したこと、さらに日本の経済力が円高をもたらせ、輸入品が安く購入できるようになったことも大きな要素だ。水揚げされた魚が、市場のセリにかけられ店頭にすぐに並ぶ体制から、冷凍魚をコンテナごと商社が購入し加工食品や外食産業に卸す流通の変化も起こった。もともと漁業と流通は切っても切れない関係だ。流通機構が整備されていない国は決して漁業大国にはなれない。現在世界一の漁業大国は中国だ。日本の約4倍の漁獲量がある。

中国は野菜や肉ばかりでなく魚介類も長年日本に輸出していたが、最近では中国での消費量をまかなうのに精いっぱいの状態だ。同じようなことはインドにもあり、経済新興国の魚の消費量はウナギ登りだ。世界的にも健康志向の高まりで魚介類の消費が伸びている。需給関係で市場の値段は決まる。ほしい人が多くて物が少なければ、その物は高く売れるのがマーケットの原則だ。その観点からすれば、実は日本の漁業はこれから中国やインドに輸出をする最大のチャンスと言える。

ところが、日本の水産業は高齢化と後継不足、さらにはマーケットのゆがみからそのパワーがない。問題は大きく2つある。

ひとつは、消費者がらみの問題で、日本人の舌が脂の乗り具合で判断する傾向が強くなり、魚も油の乗り具合でいいものを求めるようになってしまった。代表的なのがまぐろのトロだ。この傾向で、売れる魚介類は、サケ、マグロ、タコ、イカと4拍子がスーパーの店頭ではすっかり定着してしまった。魚はサケとマグロばかりではなく、四方を海で囲まれた日本では、四季を通じて豊富な魚が獲れる。ところが、料理の仕方が分からないために、サケやマグロ以外の魚は雑魚扱いだ。結局売れなければ苦労して獲った魚も金にはならない。マーケットに望まれない魚を日本漁船はずいぶん海に捨てている。サンマは獲れるのに獲らない状態だ。価格が暴落するからだ。消費者の好みをしっかり魚に向けさせ、魚通を増やす努力が必要だ。

もう一つは、水産業界の問題で、後継不足なのにもかかわらず、新規参入がなかなかできない点だ。本来海は誰のものでもない。誰が魚を獲りに行ってもいいはずだ。ところが、資源保護と市場での価格維持のために漁業権を取得しなくては漁ができない仕組みがある。沿岸漁業には知事の許可が必要だし、沖合や遠洋漁業には10トン未満の船は知事の許可、それ以上は農林水産省の許可を取らなくてはならない。じゃ、知事や農水省に申請すればいいじゃないかということになるが、実際には漁業協同組合の組合員になる必要がある。これが、なかなか入れない。

もっとも一度海に出れば命を奪われる危険と背中合わせで、やたらな人が参入して常に事故を起こしていたのでは、組合の僚船は漁がおぼつかない。おのずと閉鎖的になる側面はあるのだが、問題は水産業を維持できるかどうかのところまで来ている。国境を相手にしている仕事だけに、政府が抜本的な水産業の枠組みを作り直さないと、日本の漁業は時間の問題で無くなる運命にある。これは、民間任せでできることではない。燃料高騰問題がきっかけで日本の漁業が注目されたのは意味のあることだが、たとえ燃料問題が解決されても日本の水産業界は生き残れない点に関心を示さなくては意味がない。

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2008:「水産業」「漁業」「経済水域」「漁業協同組合」

県漁連など9団体、燃油高対策要望へ=青森 [2008年6月24日読売新聞 東京朝刊 青森]

[食ショック]飽食のコスト 嫌われる不ぞろいの魚 [2008年6月20日読売新聞 東京朝刊 2社]

八戸沖の漁船衝突 船員に有罪判決 地裁=青森 [2008年3月11日読売新聞 東京朝刊 青森]

[食ショック]お答えします(1)タマゴの自給率、なぜ10%(連載) [2008年2月19日読売新聞 東京朝刊 A経]

[食ショック]細る自給率(5)「食べる人」意識改革を(連載) [2008年2月9日読売新聞 東京朝刊 一面]

[食ショック]細る自給率(3)「米どころ」も耕作放棄(連載) [2008年2月7日読売新聞 東京朝刊 一面]

[食ショック]細る自給率(2)世界の胃袋が争奪戦(連載) [年月日読売新聞 東京朝刊 一面]

[食ショック]細る自給率(1)3食国産…「質」「量」落第(連載) [2008年2月5日読売新聞 東京朝刊 一面]

秋の叙勲 県内98人 道一筋、功績に栄誉=宮城 [2007年11月3日読売新聞 東京朝刊 宮城2]

[社説]水産業 「お魚大国」をどう復活させる [2007年8月27日読売新聞 東京朝刊 三面]

[大手町博士のゼミナール]魚介類の自給率 乱獲や漁業規制で減少 [2007年7月24日読売新聞 東京夕刊 夕経A]

日本側経済水域への中国船入漁本格化 漁業の影響必至 保護育成が必要(解説) [2000年9月15日読売新聞 東京朝刊 解説]

95年度漁業白書に見るサカナ事情 「大衆魚」も輸入増 消費額連続ダウン [1996年4月20日読売新聞 東京朝刊 C経]

参考サイト:

平成19年12月01日号 08・09頁-叙勲受賞者/シリーズ「男女共同参画」(1/2)

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