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岸田 徹 【岸コラ】 |
糖分を摂りすぎると肥満になると言われている。「肥満」というのは、体に脂肪が過剰にたまった状態のことだ。皮膚の下や筋肉などにたまる。人間が自分の体に脂肪をためるのは太るためではない。ためた脂肪をエネルギーに変えて、そのエネルギーの消費で行動し生きていくためだ。
エネルギー消費の源となる主な栄養素は5つ、タンパク質、炭水化物、脂肪、ビタミン、ミネラル(無機質)だ。脂肪のエネルギー供給量は、タンパク質や炭水化物の2倍あることが分かっていて、人間が脂肪をためることは生きていく上で非常に有効なことだ。人間は蓄えた脂肪と炭水化物をエネルギーとして使い切ると食べるタンパク質と体にあるタンパク質をエネルギー源にする。脂肪と炭水化物は人間のエネルギー源としては極めて重要だと言える。
人間が適度に肥満であることは実際はありがたいことなのだが、過度な肥満になると、糖尿病や高血圧などの病気になりやすく、手術の際にもリスクが大きくなる。このため過度な肥満を防ぐために、いろいろなことが言われる。
肥満の原因は、食べ過ぎと運動不足。もともと行動するために人間は脂肪を蓄えようとするので、蓄えても行動が伴わなければ、蓄積される脂肪の量はどんどん多くなる。食べたら運動しないといけないし、運動しないのなら食べるなというのが鉄則だ。簡単な法則なのだが、これが守れないので恐怖心をあおるような掟が出現する。
やり玉に上げられたのが糖分だ。甘いものを食べると太るという脅迫だ。実は、糖分を過剰に摂ると、中性脂肪にかえられて体内に蓄積されることが分かっている。このため、糖分は肥満の大敵のように扱われている。甘い誘惑の裏には、虫歯の原因も抱え込んでいて、悪役になりきる要素がたっぷりだ。
それでは、糖分は体の大敵なのか。そんなことはない。まったく逆で人間は糖分なしには生きていけない。糖は重要な栄養素である炭水化物の一種で、甘い味のする炭水化物を糖と呼んでいる。炭水化物は、人間の食事の多くの部分をまかなっているので人間にとっては脂肪より重宝な栄養素かもしれない。
炭水化物が消化吸収されると、最後にできるのがブドウ糖で、筋肉や体の組織はこれを燃料に動きエネルギーを生み出す。だから積極的に糖分を摂っていいという理屈ではないが、少なくとも敵視する相手ではなく、体は糖を使って動いているとの認識が必要だ。人体が炭水化物から糖を生成してエネルギーに変える一連の流れを糖代謝(Sugar Metabolism)と言うが、この作用がないと人間は生きていけない。
この重要な作用については大まかなことは分かっているのだが、研究分野としてはまだまだ未熟で、分からないことの方が多い。実は、こればかりではなく人体の仕組については分からない事は何かをすべて把握するまでには至っていない。つまり、分からない事だらけ。先にあげたタンパク質、炭水化物、脂肪、ビタミン、ミネラルの5つの栄養素についても体内で様々な働きをすることは分かっていても、そのプロセスについてはよく分かっていない。肥満の仕組についても根本的なことが分かっていない。例えば、食べなければ太らないと考えられているが、食べないためには満腹感を感じればいい。満腹感はセロトニンという脳の活動を高める神経伝達物質が摂食中枢刺激作用を刺激することで起こることは分かっているが、そもそも肥満の人がたくさん食べてしまう食欲がなんでわいてしまうのかはまったくもってよく分かっていない。脂肪と炭水化物がエネルギー消費された後に登場するタンパク質に至っては、3万種あると言われているもののうち内容の研究が進んでいるのはそのうちの2%ほどで、あとはよく分かっていない。
人間の体は実に複雑で、その働きは相互に影響し合っている。タンパク質の内容が分からないまま、他の栄養素との兼ね合いなど分かるはずもない。中性脂肪が体にたまらないようにリノール酸が有効であると、これが入ったサラダ油がよいとされたことがあったが、多く摂ると健康障害を起こす可能性があることが分かった。
なんでも、摂り過ぎはよくないに決まっている。糖分も摂り過ぎは禁物だろうが、意識して摂らないというのはどうなのだろう。厚生省(現厚労省)が脂肪の摂り過ぎに国民が注意し出したという調査結果を出したのが今から20年前だった(1987年)。その10年前には「果実の糖分は肥満のもと」と言われ、果物の摂取はそれまで美容のもとと言われていたのが一転して減少した。糖分が悪者になってから30年ということか。この間、糖分の摂取を控えた人々の肥満は減少したのだろうか。
同じく厚労省が10年に一度調査をしている30から40歳代の肥満者(BMI値が25以上)の割合は、2001年当時で男は28%だった。その10年前が23%、そのまた10年前は19%だったので、増加傾向にある。女は24%で変わらずだ。肥満者は減っていない。
40から50年前の日本の食卓を思い出すと脂質の割合が極めて少ないが、糖質の割合は多かった。煮物が多く、さつまいももジャガイモもカボチャも大根もナスも豆もブリもカレイもサバも高野豆腐も卯の花も卵とじも鳥のレバーもみな砂糖で味付けしたものだ。これがご飯のおかずになるのだから多くは食べられない。甘いデザートよろしくすぐに満腹感が訪れるし、お腹のもちもいい。年に何回も食べられないすき焼きも甘いタレでいただくので、これじゃ少ないと勇んで箸をつけたものの贅沢を言わない結果となる。動機は経済的な要因だったとしても、これが、日本人の食べ過ぎに対する知恵だったのではないか。
これを「甘いものは太る、太れば健康を損なう」と砂糖をどんどん日本人の食生活から離していったのはいったい誰なのだろう。恐らく、外食産業と酒類メーカーだったのではないか。家庭の食事ではなるべく経済的に節約すべきメニューが幅を利かすが、居酒屋でもレストランでも食えや飲めやのメニューにするには辛くなくては食も酒も進まない。「甘いものは悪」という一大キャンペーンは、健康志向という環境を作り出しながら外食産業と酒類メーカーが好んで行ったのではないだろうかと私は疑っている。
こういうキャンペーンは結構行われている。例えば、高度成長期までの「アメリカ崇拝」キャンペーン、なにかあるとすぐにアメリカではどうなっているのかを調べそれを手本とし世論を誘導する。その後これは「消費は美徳」キャンペーンと二人三脚になる。一般の生活ではシャンプーとリンスの「しっとり輝く髪」キャンペーン。市民活動の「テロ撲滅」と「地球温暖化」防止キャンペーン。産業界では「少子高齢化」キャンペーン。政治の世界では「構造改革」キャンペーンに「消費税値上げ」キャンペーンだ。誰がやっているかよく分からないが必ず推進者がいる。それに乗れば儲けられるというキャンペーンだ。共通しているのは、時代を先取りしている感じがするが、徹底した調査がされていない点だ。
恐らく、「糖分を摂らなければ太らない」というのは断片的には正解かもしれないが、人間の体はそんなに単純なものではない。複雑な体の仕組みを制御しているのは人間の化学知識ではなく、自分の感覚そのものだ。食べ過ぎたら一食抜きたくなったり、飲みすぎたら次の日は雑炊や味噌汁が飲みたかったり、風邪を引きそうになったら無性にイチゴやミカンが食べたくなって早く床に就きたくなったり、病み上がりは重湯が食べたくなったりはそれぞれ理にかなった行動だ。人間は本来そういった感覚で暮らしていけるようになっているはずだし、家庭の医学を読むよりは、そういった感覚を磨いた方が健康に生きられると思う。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2008:「糖代謝」「栄養」「糖質」「糖質の役割」「肥満」「中性脂肪」
糖質抜きで軽く1杯 お酒も健康志向に ビール各社、製法工夫し風味保つ [2008年4月28日 読売新聞東京夕刊 テクB]
[健康プラス]職場で自己管理(4)週に1日はおやつ抜き [2008年2月1日 読売新聞東京朝刊 教育A]
高級シャンプー、秋の陣 資生堂「白ツバキ」投入 花王は新「アジエンス」 [2007年9月19日 読売新聞東京朝刊 C経]
血圧・コレステロール調査 30―40歳代の働き盛り、肥えて増えて/厚労省 [2001年6月7日 読売新聞東京朝刊 一面]
子供のダイエット アイドルまねて広がる気配… [1988年8月31日 読売新聞東京朝刊 婦人A]
[体&データ]アルコール [1988年3月10日 読売新聞東京朝刊 健康]
「飽食」に歯止めというが… 半数を超す家庭まだカロリー過剰(解説) [1987年1月14日 読売新聞東京朝刊 解説]
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